大切な資産を託すために 年金生活から考える遺言書の基本
年金生活と将来への備え:遺言書について考える時間
年金生活に入り、日々の暮らしに追われながらも、ふとご自身の財産や、もしもの時のことについて考えを巡らせる時間があるかもしれません。大切に築き上げてきた資産を、ご自身の希望する形で、スムーズに次の世代へ引き継ぎたいとお考えの方もいらっしゃるでしょう。
その際に、多くの方が耳にされるのが「遺言書」です。遺言書と聞くと、なんだか難しそう、あるいはまだ早いと思われるかもしれません。しかし、遺言書は、ご自身の意思を明確に伝え、残されるご家族が困らないようにするための有効な手段となり得ます。
この記事では、年金生活を送る皆様が、遺言書について基本的なことから理解し、ご自身の状況に合わせて考えるきっかけとなるような情報を提供いたします。
なぜ遺言書が必要なのか? 遺言書の役割
遺言書は、お亡くなりになった後に、ご自身の財産を誰に、どのように引き継がせるか、またその他の意思をご家族や関係者に伝えるための法的な文書です。
遺言書を作成することには、いくつかの大切な役割があります。
1. ご自身の意思を実現する
遺言書があれば、法律で定められた相続の割合(法定相続分)に関わらず、ご自身の意思に基づいた形で財産を分配することができます。例えば、「長年お世話になった方に財産の一部を渡したい」「特定の子供に家業を引き継がせたい」といった、個別の希望を叶えることが可能です。
2. ご家族間の争いを防ぐ(いわゆる「争族」の回避)
相続が発生した際、遺産をどのように分けるかで、ご家族やご親族間で意見が対立し、思わぬトラブルに発展するケースが少なくありません。遺言書によって、誰にどの財産を渡すかが明確に指定されていれば、このような遺産分割を巡る争いを未然に防ぐことにつながります。
3. 手続きをスムーズにする
遺言書がある場合、相続に関する手続き(預貯金の解約、不動産の名義変更など)を、遺言書の内容に基づいて比較的スムーズに進めることができます。遺言書がない場合は、相続人全員での遺産分割協議が必要となり、時間や手間がかかることがあります。
遺言書がない場合はどうなる?
もし遺言書がない場合、ご自身の財産は、民法で定められた「法定相続人」に、「法定相続分」に従って引き継がれることになります。
法定相続人とは、配偶者やお子様、親御様、ご兄弟姉妹など、法律で定められた範囲の親族です。法定相続分は、相続人になった方がそれぞれ受け取る財産の割合です。
例えば、配偶者とお子様がいらっしゃる場合、原則として配偶者が財産の2分の1、お子様が残りの2分の1を相続することになります。
この法定相続のルールは公平性を保つためのものですが、個々の家庭の事情や、ご自身の「こうしたい」という思いを完全に反映するものではありません。例えば、特定の相続人に多くの財産を渡したい、あるいは相続人以外の方に財産を残したいといった希望は、遺言書がなければ実現が難しい場合があります。
遺言書の種類を知る:自筆証書遺言と公正証書遺言
遺言書にはいくつか種類がありますが、一般的に利用されるのは「自筆証書遺言」と「公正証書遺言」の二つです。それぞれの特徴を見てみましょう。
1. 自筆証書遺言
ご自身で、遺言書の全文、日付、氏名を書き、押印するものです。費用がかからず、手軽に作成できるというメリットがあります。
一方で、形式に不備があると無効になるリスクがある、紛失や偽造の恐れがある、そして相続発生後に家庭裁判所での「検認」という手続きが必要になる(特定のケースを除く)といった注意点があります。
2. 公正証書遺言
公証役場で、証人二名以上の立ち会いのもと、公証人が遺言者から聞き取った内容を筆記して作成するものです。原本は公証役場に保管されます。
専門家である公証人が作成するため、形式不備で無効になる心配がほとんどなく、紛失や偽造の心配もありません。また、相続発生後の検認手続きも不要です。費用はかかりますが、確実性が高く、後々の手続きがスムーズになるという大きなメリットがあります。
年金生活を送る皆様にとって、作成時の負担や、作成後の安心感を考慮すると、公正証書遺言はより現実的で信頼性の高い方法と言えるかもしれません。
遺言書に書けること
遺言書には、主に以下のような内容を記載することができます。
- 財産の承継に関する指定: 誰にどの財産(不動産、預貯金、株式など)を承継させるかを具体的に指定します。
- 認知: 法律上の親子関係がないお子様を認知することができます。
- 相続人の廃除: 不当な行為を行った相続人の相続権を失わせることができます。
- 遺言執行者の指定: 遺言書の内容を実現するための手続きを行う人を指定できます。弁護士や司法書士などの専門家を指定することも可能です。
- 付言事項: 法的な効力はありませんが、ご家族への感謝の気持ちや、遺言内容に至った理由、メッセージなどを自由に書き添えることができます。これがご家族の理解を助け、円満な相続につながることもあります。
今からできること:遺言書作成に向けた第一歩
遺言書の作成は、特別なことではありません。将来への備えとして、少しずつ考えてみることが大切です。
1. ご自身の財産を整理する
まずは、どのような財産がどれくらいあるのかを把握することから始めましょう。預貯金の通帳、不動産の登記簿謄本、有価証券の控えなどを確認し、リストを作成してみるのも良いでしょう。
2. 誰に何を託したいかを考える
大切なご家族や、お世話になった方々へ、ご自身の思いや希望を具体的にイメージしてみましょう。どのように財産を分けるのが、ご自身やご家族にとって一番良いのか、じっくり考えてみてください。
3. 専門家や相談窓口を利用する
遺言書の作成には、法律に関する知識が必要です。自筆証書遺言の場合でも、形式に不備がないか専門家に確認してもらうと安心です。公正証書遺言を検討する場合は、公証役場や弁護士、司法書士といった専門家に相談することになります。
また、市区町村の役場や弁護士会、司法書士会などが無料の法律相談を実施している場合もあります。まずは、こうした相談窓口を利用して、専門家からアドバイスを受けてみるのも良いでしょう。
まとめ
遺言書は、ご自身の意思を大切にし、残されるご家族への思いやりを示すための大切な手段です。年金生活という、人生の節目において、ご自身の資産やご家族との関係を見つめ直し、将来に向けての準備を始めることは、心の平穏にもつながります。
遺言書の作成は、決して難しいことではありません。まずは、ご自身の財産について考え、誰に何を託したいかという思いを整理することから始めてみてはいかがでしょうか。必要に応じて、専門家のアドバイスを借りながら、一歩ずつ進めていくことができます。
大切なのは、ご自身の納得のいく形で、将来への備えを進めることです。この情報が、皆様が遺言書について考えを深め、行動を始めるための一助となれば幸いです。